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No.83 心の絵日記
2008/08/21

 お盆が過ぎ、何回か雨が降り、季節が移り変わっていく。真夏の輝きと猛暑が影をひそめ、夜風が心地よくなる。夏の間中ずっと鳴き続けていた蝉に代わって、夜は虫の鳴き声が次第に大きくなる。「いつの間にか夏休みが終わってしまったな、今年もまた夏を堪能することなく」。毎年のことだが、そんな、なんとも言えない寂しい気持ちになる。こうやって、時は過ぎて行くのだろうか。 

 8月24日から、今年の音楽祭が始まる。新企画である「長崎の唄、長崎の音」演奏会を前に、キャンペーンコンサートを行っている。幸いに、ポエのメンバーが協力してくれて、様々な場所で宣伝コンサートを実施中である。佐世保玉屋の入り口で、あるいは親和銀行のロビーで、あるいはかもめ広場で。市原君の心の琴線を震わせるオーボエの音色、小川君の幅のある味わい深いクラリネットの音色、ふくよかで艶のある種口君のファゴットの音色。木管の優しいサウンドが、足早に通り過ぎていった季節の余白を少しずつ埋めてくれる気がする。

 今後の予定は、8月22日はグラバーヒルで午後6時30分から、23日はJR長崎駅かもめ広場で午後5時から、9月4日は佐世保の親和銀行本店で午後2時半から、オリジナルポエでのコンサートを開催。「行く夏に 今年もポエと 汗をかき」。提出するあてのない、心の夏休み絵日記の最後のページに、そう書こうと思っている。

No. 82夢はかなう
2008/05/06

  先月の終わりに、恒例の知事さんと一緒にこいのぼり!のイベントに、歌のお兄さん、おねえさんとなって長大の音楽の学生がお手伝いをさせて頂きました。天気にも恵まれ、園児たちがデザインしたこいのぼりが、元気良く県庁前広場に上がりました。県庁の皆さんは、このこいのぼりをどんな思いでご覧になったのでしょうか。さて、同行していてちょっと気になったことがありました。こいのぼりを上げながら、お決まりの「こいのぼり」と「背くらべ」を子どもたちと一緒に歌ったのですが、残念ながら子どもたちはあまり楽しそうには歌っていませんでした。確かに、背くらべなどは歌詞の内容も、曲調も今の子どもたちには、ピンと来ないのかも知れません。彼らに言わせれば、そんな曲、古い!ということなのでしょうか。

 そんな折、こどもの日にNHKテレビで1時間半にわたってディズニーとスタジオジブリの歌の特集がありました。著作権の関係もあり、普段はなかなかコンサートで自由に使えない、アニメソングの両横綱での番組。どんな構成なのかとビデオに収めしっかりと見ました。これが中々良かった。悔しいけれど、さすがNHKと思わざるを得ませんでした。映像の処理も、選曲も、ダンスも、そして何よりもアレンジがしっかりとしていました。その上、ディズニーソングは、日本語の歌詞で歌われていてその訳詞がいい。出版されている多くの楽譜は、どうも日本語的に魅力に欠け、これならいっそ原語の方がましではと思うものも少なくありません。さらに、石井竜也をはじめ、歌手の皆さんも上手くて(中には、千の風に**の歌手も出ていて、ちょっとこれは?と言うのもありましたが)聴き応えがありました。ジブリ作品も、作曲者の久石さんがピアノを弾き、子どもたちと演奏していて、森の中での演奏風景はとてもきれいでした。ちょっと、久石さんのピアノが遅れ気味でしたが、作曲家本人には文句を言えませんね。

 久しぶりに、楽しい番組を見ることができました。テーマでもあった、子どもたちは夢が大好きというそのことが、きっとこれらの作品の魅力を増しているのでしょう。夢はいつかかなう!自分自身のことや、職場でのもろもろはさておき、子どもたちにストレートにそんなメッセージを伝えて行きたいものだと思いました。幼稚園に出かけたり、小学校にもでかけ、公民館でもコンサート活動をしていますが、もっともっと楽しくてわくわくするようなステージを作っていかなくてはと、ディズニーの音楽作品に不覚にも涙しながら、決意を新たにしたゴールデンウィークでした。

No. 81海の香り
2008/05/05

 今年の連休はお天気にも恵まれ、さわやかな5月を楽しんだ方も多いかと思います。大学の改築に伴い新校舎への引越しの後片づけをした教員仲間、家族で温泉に出かけた音楽仲間、先月末に風邪をひいてしまってゴホン・ゴホンの日々だった私。人それぞれのゴールデン・ウィークです。

 先日、前カナリーホールの山下館長からお誘いを受け、帆船祭りで長崎に寄航した海王丸のパーティーに参加しました。長崎の海王丸クラブ主催の歓迎会に加えていただいたのですが、海王丸の船長さんも乗組員の方も数名参加されていました。クラブの方(お年をめした方も大勢いましたが)も、海王丸の方も、みなさんとても爽やかで、海のにおいがしました。風に帆をはらませ、大海原を滑っていく帆船の勇姿を想像しながら、港が見渡せるホテル最上階のレストランから、ライトアップされた帆船と、花火を満喫しました。やはり、長崎の港には帆船が似合います。風邪なんかひいている場合ではありませんね。季節は風薫る五月。まもなく海の季節がやってきます。

No.80 1942年の上海
2008/02/17

 長崎の街は、今ランタンフェスティヴァルの真っ最中で、色とりどりのランタンが通りを飾っています。以前は、中華街のある新地界隈でのお祭りでしたが、年々賑やかさを増し、中央橋にも、浜の町アーケードも大きな飾りが吊るされ、祭り気分を盛り上げています。2月に入って寒い日が続いていますが、それでも毎日様々なイベントも開催され、多くの人が繰り出しています。長崎の人は、本当にお祭り好きなんだなと、改めて思わずにはいられない2週間です。

 街の喧騒を抜け出し、今話題のラストコーションを見ました。1万人から選ばれたと言う、タン・ウェイはやはり美しくて、学生時代のあどけない初々しさと、スパイになってからの女性の色気とを、見事に演じ分けていました。映画の中で、タン・ウエイと渋い演技をみせているトニー・レオンがシックなレストランで食事をするシーンがあります。そこのレストランのピアニストが演奏している曲が、なんとブラームスの間奏曲作品118−2。不思議なことに、シーンにとても合っていました。二人が互いに用心深く隙を見せないような振る舞いをしながら、それでも心の奥で何かが解け出すような情景を、ブラームス最晩年のピアノ商品がしっとりと支えていました。個人的には、結末に救いがあってもいいような気もしましたが、1942年の上海のレストランで聞くブラームスは、いったいどんなだろう。そんな事をぼんやり考えながら、人気の少なくなったアーケードで、風に大きく揺れるランタンを眺めながら帰ってきました。でも実際に、目の前にタン・ウェイがいたら、ピアノの曲どころか食事がのどを通らないかもしれませんが。

No.79 春の気配
2008/01/31

 忙しさは多分理由になりませんが、久しぶりのホームページ更新です。実は、今日とってもうれしいことがあって、急にコメントを書きたくなりました。今年は何回かポエ4人での演奏機会がありますが、そのひとつ「永井隆生誕100年記念式典」での演奏が2月3日 (日)に平和会館であります。そのリハーサルを先ほどまでしていました。いっちゃんも東京から駆けつけてくれて、4人そろっての練習です。ところがいつも使っている大学の教室を学生さんが合わせで使っていたので、私たちは遠慮して違う教室で練習をすることにしました。さあ、練習をしようとしたその瞬間です。その教室があまりにも汚い。ポエ一同思わず顔を見合わせてしまいました。

 いっちゃんも種口君も長大の卒業生です。最近は、掃除の方が教室は掃除してくれないのですか?との質問に、私はボソッと、廊下だけと答えました。音楽の学生の皆さんも勉強や授業でこの教室を使っているはずです。いくら老朽化が進んでいる音楽棟の教室で、しかも現在行われているトイレ工事の関係で埃が立っているのは事実としても、もはや弁解の余地がないほどのよごれでした。

 私はモップを取りに行きせっせと拭き始めましたが、グランドピアノの足元にも、長机の足元も大きな埃がたまっていて、モップで拭いてもなかなかきれいにならず、埃が立つだけです。そこで種口君と小川君が掃除機を探しに、そしてなんといっちゃんは雑巾で床の拭き掃除を始めました。結局教室の窓を開け放ち、ポエ4人仲良く大掃除になりました。専業主夫らしく小川君は大学の壊れかけた掃除機をたくみに操り部屋の隅々を、種口君は目に付く大きなゴミをてきぱきと片付け、そしていっちゃんは冷たい水で雑巾を何度も洗いながらの床拭き掃除。おおよそ見通しがついて、手を荒いテーブルにつくと、目の前にはいっちゃんが差し入れた熱い缶コーヒー。私たちは、これでやっと練習が始まるね、今度の練習ではワックスがけをしようか、と冗談を言いながら美味しいティータイムを過ごしました。まだまだ寒い日が続いていますが、窓から入ってくる風が心地良く、思わず口笛でも吹きたくなるくらいうれしさで一杯でした。きっとポエのメンバーが運んできてくれた「春の気配」を、そっと感じていたのかも知れません。

No. 78若きピアニストと静寂
2007/07/31

 気がつけば、7月も終わりです。季節はかえるの合唱から、せみのコーラスに移りかわっています。 暑い日が続いていますが、小学生たちの楽しそうな夏休みを横目で見ながら、たまりに溜まった雑用をこなしていると、さらに暑さが増してきて、部屋のエアコンが悲鳴をあげています。そんな折に、熱いハートのさわやかなピアノ演奏を二つ聴きました、今回はその感想を一言。

 一つ目は、時津のカナリーホールで開催されたジャズピアニストの松永貴志のジャズトリオライブ(7月28日)。うわさには聞いていましたが、とにかく上手い。音がきれいで、指も良く回る(当たり前かも知れませんが)。高音でも、低音でも音の歯切れが良く、リズム感も当然素晴らしく、途中で即興でドラムを叩くあたりは、にくい演出でした。21歳という若さがキラキラ輝いていましたが、このような才能を持った若いピアニストが、世界の一流と共演し、磨きをかけているのがまるで自分のことのようにうれしいコンサートでした。ただ、私の席ではPAのバランスが悪く、やや残念でした。PAは、ただ音を増幅して大音量を作り出すだけがお仕事ではないはずで、演奏が素晴らしかっただけにもったいない気がしました。

 二つ目は、日本音楽コンクールで優勝して、注目を集めている外山啓介ピアノリサイタル、こちらは長崎市のブリックホール(7月31日)。23歳の長身の美形のピアニスト登場で、当然客席は女性客が多く、ショパンのバラード第1番が演奏された後などは、客席からなんとも言えないため息がもれていました。安定したテクニックはもちろんのこと、まるで若き日のラド・ルプーを彷彿とさせるような、ゆたかな叙情性と澄み切った音色が大変魅力的でした。若いコンクールの覇者が開催する演奏会では、リストの超絶技巧が並べられたり、大音量で押しまくる演奏にも出会いうんざりすることもありますが、外山啓介の場合は、節度が保たれています。第1部がモーツァルトのイ短調のロンドで始まり、第2部はショパンの第8番のノクターンで始まるプログラムは、なかなか格好いいではありませんか。演奏会は素晴らしかったのですが、ブリックホールの誘導のアルバイト諸君の、相変わらずの青果市場のような叫び声は、どうもなじめませんでした。しかも、アンコールの2曲目のトロイメライのピアニシモを堪能してロビーに出てくると、CD販売とCDのサイン会を誘導するこれまた、怒鳴り声に遭遇し、思わずがっかりしてしまいました。ブリックホールで良く遭遇するこの手の場違いな叫び声を、他の聴衆の皆様は気にならないのかしら。音楽は、静寂と余韻を楽しむ芸術でもあると思うのですが。

No.77 音の記憶
2007/05/16

 日韓音楽交流会が近づいてきました。1990年から韓国の慶北大学との音楽交流会も、回を重ねて今年は14回目。振り返ってみれば、この18年間にいろいろなことがありました。ベルリンの壁が崩壊し、日本経済は混迷を深め、SARSが流行し、ニューヨークの摩天楼はテロの攻撃を受け、日本ではこどもたちが被害者になったり、あるときは加害者になる悲惨な事件が後を絶ちません。いつものことですが、お迎えする準備や練習に追われるなかで、この交流会が今日まで継続していることの意味を改めて思わずにはいられません。差し上げたお布施の分だけありがたさがあるお寺でのお説教ではありませんが、この種のイベントは、苦労して働いた分だけ感動と思い出が蓄積していくのかもしれません。演奏会当日のパンフレットに、私なりの思いを掲載させていただきましたので、引用します。

 韓国の慶北大学校と音楽交流を始めて、18年の月日が流れました。昨年、慶北大学校を訪問し、韓国の学生さんたちによる見事な「椿姫」のオペラ公演を観劇し、その興奮も冷めやらぬうちに、今年は長崎にお迎えして第14回目の交流会です。

 アジアにおける、韓国と日本(もちろん中国との関係も含め)の関係は、世界平和を構築していく上で、大変重要だと思います。我々が韓国を訪問するときは、過去の歴史をきちんと反省し、互いの文化を尊敬する気持を学生といっしょに持ち続けてきたつもりです。そして慶北大学の先生方や学生の皆さんは、私たちに対して、家族のように常に好意的に接してくださいました。

 過去の交流会の資料を整理していたら、なつかしい写真が何枚も出てきました。写真に記録されたその時々の感動や出来事が、次々とよみがえります。このような、心のこもった音楽交流が、両国のそしてアジアの平和的共存に向け、必ずや大きな力になると信じています。

 今回の交流会開催にあたり、学長先生、学部長先生はじめ大勢の大学関係者の皆様、玉園同窓会の皆様、ご後援いただいた関係諸機関の皆様、音楽科の卒業生の皆様、大変お世話になりました。この場を借りてお礼を申し上げます。

No.76 かえるの合唱
2007/05/09

 これは、おもやい広場のかえるのお話です。
 今年の連休は、前半はたまった仕事をせっせと片付け、後半は大学に出て演奏会の準備のためピアノを弾きました。運よく雨も降り出し「どうせ出かけても、人は多いし、車は渋滞だろう。おまけに雨まで降り出した、こういう日は研究室で練習にかぎる!」自分自身を鼓舞しながら、弾けない箇所を部分練習していました。休みのキャンパスは、なかなか静かで落ち着きがある保養スポットです。夕方、練習に疲れ缶コーヒーを買いに大学内を散歩していると、学部の中庭(通称おもやい広場)から、元気なかえるの鳴き声が聞こえてきました。雨が降り出したので、きっとかえるたちもご機嫌で鳴き出したのかなと思っていましたが、どうもその鳴き声がしっくりきません。

 高校から浪人時代は、信州の実家に住んでいて、家は松本市内でしたが回りは田んぼでした。おかげで、ピアノ練習のための防音工事をすることもなく、思う存分夜中までピアノを練習できたのは、今から思えばラッキーというしかありません。この季節練習をしていると、田んぼのかえるたちが元気に大合唱をしていました。かえるに負けないように、ショパンの練習曲をさらっていたものです。(まるでカッコウに刺激されたゴーシュのように)中には、私のピアノをそばで聞きたいと思ったかえるもいたようで、窓のところに何匹もの緑色の小さなかえるがしがみついていました。不思議なもので、おそらく何百匹もいるかえるが、突然鳴きやむ瞬間があります。そして、しばらくのゲネラルパウゼのあとに、再び大合唱が始まるわけですが、かえるの世界では指揮者やコンマスがいるのだろうかと、不思議に思いました。音程もそれなりにそろっていて、彼らの世界で絶対音感やチューニングはどうなっているのかと、これもいまだに解決できない疑問です。

 さて、大学のかえるですが、これがどうも鳴き声の音程が悪い。ピッチが低いというか、とにかくそろっていません。しかも、信州で経験したような、いっせいに鳴きやんだ静寂というものがなく、常にゲロゲロしているのがいます。たぶんかえるの種類が違うのだろうとも考えましたが、それだけではないのかもしれません。門前の小僧はお経を読んだそうですが、大学のかえるは何を学んだのでしょうか。小学生は学校でかえるの合唱(かえるのコーラス)を習います。大学のかえるはきっと、教授会の審議方法なるものを習ったのかも知れません。皆で声をそろえることもなく、音の高さはばらばらで、そろそろ鳴きやむかなと思っても常に鳴いているかえるがいる。思い余って途中で帰るカエルがいたりして、、、。
これは、おもやい広場のかえるのお話です。

No.75 小さな小さな劇場
2007/02/14

  この前から長崎県文化振興課のお仕事で、地域文化リーダー養成の講座をお手伝いしています。島原地区の文化関係者に集まっていただいて、ゲストの方をお招きしてお話を伺ったり、実演を交えてイベントの作り方の研修会をしています。3月11日には、修了の実習を兼ねたコンサートも企画されていて、今から楽しみです。講座の資料を準備しているときに、偶然以前買い求めた谷内六郎さんが書いた表紙絵を集めた文庫本を、本棚の隅から見つけました。

 その中の1枚が、とても印象に残りました。なんともいえない懐かしさと、もう一度振り出しにもどってみてもいいなという、不思議な感情がわいてきました。その絵は、春先の民家の縁側で、小さなこどもが三人、並んで仲良く障子越しに中を覗いています。障子は、真ん中の部分がガラスになっていて中が見えます。部屋の中では、やはり同じ年くらいのこどもが二人、指人形の実演のまっ最中です。たぶん演目は、赤頭巾ちゃん。その民家にも、そして彼らにも桜の花びらがやさしく降りかかっています。この絵とともに、私は次のようなコメントを講座の皆さんにお配りしました。

 小さな小さな劇場、子どもたちは真剣になって観ています。私が子どもの頃、父が中学校の教員をしていて、よく生徒が家に遊びに来ていました。ある時、私と妹のために、家で映画会を開こうということになりました。どこからか、幻燈機やフイルムを調達してきてくれて、我が家はちょっとした映画館にはや変わり。もちろん間借りをしていた家には、スクリーンなどは無いので白い障子がスクリーンに。しかも電気の容量が足りないということで、理科の得意な学生が、家の外の送電線から電気を引っ張ってきました。せりふも全部彼らが演じてくれて、幼い私たち兄弟には、中学生のお兄さん、お姉さんたちがなんとも立派な役者さんに見えました。考えてみれば、私が最初に出会った舞台イベント(?)かもしれません。いつかまた、あの小さな小さな劇場でかさじぞうや伊賀の影丸に会いたいものです。遠い春先の記憶です。 

No.74 さらって出直す
2006/12/13

  文章を書くのは、どちらかと言うと嫌いではなく、特に作家気取りで思いつくままに、勢いに任せて文章を書くのは気分が良かったりします。しかし、このところ**評価と受けるための資料作りや**ヒアリングを受けるための資料作りといった類が、豪雨のようにおそってきて、私のパソコンと頭の中は洪水状態です。もちろん、物事はやりっぱなしではいけないというのは、十分に理解できます。緻密な計画、着実な実行、客観的な評価、いわゆるプラン・ドゥ・シーですが、必要なことなのでしょう。ところが、私の周りを見渡してみると、どうも流れがまずいような気がします。評価をしやすい(評価でよい結果が出そうな)計画、良い評価に結びつくような実行、サイクルが逆行しているような気がします。

  音楽に携わるものとして、では演奏の場合はどうなのだろうと、つい考えてします。ちゃんと本番が迎えられるような計画、これは確かにあります。本番は、冷や汗をかきながら一生懸命切り抜けます。さて、評価は?これはさまざまなケースがあるでしょう。気合が入ったクラシックのリサイタルなどの場合は、批評家が演奏会評を新聞や音楽雑誌に書きます。自主事業や教室コンサートなどの場合は、アンケート調査をします。演奏が終わった後の交流会(あるいは打ち上げ)で、関係者や仲間からコメントをいただくといった場合もあります。いずれにしても、演奏という行為は、常に聞き手(聴衆)によって、一音一音がある意味では評価されているわけで、きついといえばきつい行為です。しかし、評価を意識しての演奏、評判に振り回される演奏、それはなんとも味気なく、魅力の無い行為に感じられます。先日ある大学の学部長さんが、このところ評価疲れで、とおっしゃっていましたが、法人化後の大学は、まさしく会議疲れに評価疲れです。そんな中、せめて演奏ぐらいは、伸び伸びと評価なんか気にせず行いたいと思います。「失敗したらごめんなさい、またさらって出直します」いかなるときも、潔くありたいものです。

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